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日中青年研修協会の前身である仮称日中青年技術研修推進協会の設立発起人会が、東京プリンスホテルで開催された。時は、1979年(昭和54年)8月31日であった。初年度の予算はわずか410万円。当日参集した諸氏は下記の通りである。

山本悠夫(日本国際貿易促進協会)  橋本 勲(菅原建設株式会社)
田中穣二(東京青年会議所) 水野正人(美津濃株式会社(桐山))
小野盛一(相模鋳造株式会社) 長谷川隆淑((株)マツナガ通商)
河野佳弘(東京青年会議所)  岩崎正俊(国土建設株式会社)
早川基彦(ハワード株式会社) 本木 昭(ヒロ株式会社)
黒田太一(株式会社 冨士工) 津山雅一(日本交通公社)
浜 浩之(岡谷電機産業(株)) 岡崎勝彦(岡崎産業株式会社)
牧野一三(長野日本無線) 後藤常元(日興電機工業(株))
関 紀夫((株)大協器械製作所) 足立孝雄(関東繊維株式会社)
大石茂生(株式会社 大茂) 服部支朗 鈴木一巳(協同広告株式会社)
太田 博(太田興行株式会社) 高堀純夫(株式会社博報堂) 
羽田克己(ザ・トラベル商会) 馬場梅吉(株式会社冨士工)
山﨑照正(株式会社ボブ) 平野浩助(株式会社第一ホテル)
松永尚佐((株)松永製作所) 以上28名が署名登録をした。

その後、1979年(昭和54年)10月27日、「日中青年研修協会」の設立総会がパシフィックホテルで開催された。日本側参加登録者数は42名、中国側訪日代表団を含めて総勢80名の出席であった。ここで第一期の役員が選任された。また協議書交換が行われた。 
まだ社団法人化されていないので、役員は幹事と監事である。第一期役員は下記の通りである。(第1期:昭和54年10月~昭和56年10月)

会長 岡崎嘉平太 日中経済協会 幹事 小野盛一 相模鋳造 社長
顧問 小川平四郎 前在中国日本大使 幹事 黒田太一 冨士工 部長
顧問 豊田雅弘 日本中小企業団体連盟会長 幹事 高堀純夫 博報堂
副会長 土屋計雄 第一ホテル 社長 幹事 早川正一 ハワード 社長
幹事長 田中穣二 日興設備工業 社長 事務局長 長谷川隆淑 マツナガ通商 社長
幹事 足立孝雄 関東繊維 社長 事務局次長 岩崎正俊 国土建設 社長
幹事 関 紀夫 大協器械製作所 社長 監事 山本悠夫 日本国際貿易促進協会
幹事 後藤常元 日興電機工業 社長 監事 馬場梅吉 冨士工 社長
以上16名が選任された。

この設立総会当日、日中青年研修協会の設立趣意書が配布された。 その内容は以下の通りである。


日中両国の国交が正常化し、各方面に於いて友好往来がより広範なものとして発展しておりますが、新しい友好運動の課題として中国の四つの近代化の我々がいかに対応できるかが提起されています。 
すなわち中国の生産技術及びその管理能力の向上、軽工業育成、中小規模企業の整備による近代化計画に我々がいかに協力できるかの問題であります。 一つの具体案として、中国の勤労青年を日本の各種中堅企業へ研修留学させて、生産技術と企業管理を学び、中国の近代化に必要な人材を養成するため、我が方の協力組織を設けたいと存じます。この運動は、両国の国民が直接に長期間交流する民間外交の面もあり、日中友好の遠い将来を展望すべき恒久性のある大事業であります。
私達発起人一同は、日本の各分野で関係する方々の協力を頂き、「日中青年研修協会」を組織して、研修生受入とその世話をする準備を致して参りました。 先般、来日されました中華全国青年連合会 劉維明副主席及び賈棣鍔弁公室副主任先生もこの企画に賛同され、中国勤労青年派遣に関しての中国側対応機関として全面的に協力することを言明されました。
ここに、私ども発起人は、「日中青年研修協会」を設立し、この趣意に賛成を頂き、本会へ参加下さるようお願いする次第です。
(1979年(昭和54年)10月作成・会場にて配布)

設立から約5年、岡崎嘉平太氏を会長に迎え、外務省に対し社団法人化を目指して申請していた日中青年研修協会は、1985年(昭和60年)12月1日付で外務省認可(認可第16号)がなされ、社団法人を取得したことが12月28日付書類で通知された。
その時の認可した外務大臣は、総理候補の一翼を担っていた安部晋太郎衆議院議員であった。

この社団法人化を受けて、社団法人日中青年研修協会としての第一回定時総会が、昭和61年3月5日、学士会館に於いて岡崎嘉平太会長の呼びかけで開催された。社団法人日中青年研修協会としての岡崎嘉平太会長による協会設立趣意書を次に掲げる。

 
岡崎嘉平太氏遺影
 
外務省公益法人許可証(クリックで拡大)

1972年9月29日、日中国交回復、1978年8月12日、日中平和友好条約の締結等、両国政府間に樹立された良好な友好関係に立脚し、民間の交流も各方面において、より広範にかつ実質的に発展を遂げて参っております。
しかしながら、この日中友好運動が単なる友好往来だけでなく実務的段階へ移行している今日においては、我々民間人も中国の近代化に対応しつつ如何にして協力の実をあげるかは新しい重要な課題となっております。 
その具体策の一つは、中国の近代化に必要な生産技術及びその管理能力の向上に役立つ人材養成面での協力であると存じます。即ち中国近代化を担う有志青年を、日本の各種優良企業へ研修留学生として招き、生産技術及び企業管理を学び近代化に必要な能力を修得せしむることは、最も有効かつ必要な課題であります。日中青年研修会は、1979年10月に任意団体として設立され現在に至っております。 
その間、第1次~第4次まで、計250名余の中国青年研修生の受入事業を推進して参りました。技術や管理の学習成果はもとより、1ヶ年の長期研修生活を通じ、個人対個人の直接的交流により両国民間人相互の理解を深め、日中両国の民衆に根付いた友好関係を増進できたと信じております。
このように当研修事業は、日中友好民間外交の面で遠い将来をも展望する民族的規模の大事業と認識されております。 
当協会設立以来6ヶ年を迎え、この研修事業の恒久性と公共性が益々顕著となって参り、個人的集りの任意団体として短期間に成果を期待するものでなく、更に発展した国家公認の特殊法人団体を再組織し、一層の努力をもって日中両国家へ貢献することが必須と存じます。 
ここに私ども発起人は、社団法人日中青年研修協会の設立を念願致し、一人でも多くの上述の趣意に賛成と協力をいただきますよう御参加をお願いする次第です。

昭和60年12月1日 社団法人 日中青年研修協会 設立発起人代表 岡崎嘉平太

社団法人化後の第一期役員は次の通りである。
会 長 岡崎嘉平太 (財)日中経済協会常任顧問
副会長 法眼晋作 国際協力事業団顧問
副会長 土屋計雄 (株)第一ホテル会長
副会長 奥山 忠 (株)東京ニュース通信社社長
理事長 法眼晋作  
理 事 長谷川隆淑 (株)マツナガ通商社長
理 事 早川正一 ハワード(株)社長
理 事 関口晴也 協同広告(株)社長
理 事 足立孝雄 関東繊維(株)社長
理 事 岩崎正俊 国土建設(株)社長
理 事 牧田幸治 八洲運輸(株)社長
理 事 後藤常元 日興電機工業(株)社長
理 事 本木 昭 ヒロ(株)社長
理 事 板垣敏秀 (株)板垣園芸
監 事 松永尚佐 (株)松永製作所社長
監 事 林 正久 丸荘証券(株)社長

以上の方々のうち3分の2はすでに故人であり、その他の人は協会から退いている。創立から30年、社団法人設立から25年、多くの先人達が当事業に心血を注いできた。設立当初の清新で高邁なる精神は、現在も若い役員達に引き継がれている。2010年(平成22年)10月、初めて定款の改正を行った。新時代に即した新規事業を開始するためである。中国は、今や世界第2位のGDPを誇る国家へと発展した。設立当初、協会が掲げた目的の多くは実現できたが、発展に伴う多くの問題も新たに起こってきた。我々は新たな問題解決のために、両国が協調し合う段階を迎えている。
(上記「設立当時を振り返って」記述:元理事長 関 紀夫)

趣意書あいさつ背景と経緯協会の歩み中華全国青年連合